ベッキーと乙武氏と桃田選手の問題について(2)
桃田選手の問題についても、当初は違法賭博の問題だったのが、次第に女性関係、スナックやキャバクラでの豪遊、放蕩にまで批判が及んだ。
何にでも首を突っ込んでコメントする高名な「教育評論家」も、
「スポーツマンシップ精神の欠片もない」と批判。
(スポーツマンシップ精神という言葉への突っ込みはさておき)
違法賭博は罰せられるべきとして、一私人がキャバクラで豪遊しようがなんだろうが勝手ではないだろうか。
スポーツ選手に求められるのは、試合で勝つこと、オリンピックならメダルを取ること。それ以上でも以下でもないはず。
それを、人格や私生活が高潔で清廉潔白であることを求め、それを逸脱すると完膚なく叩く。
恐らく、日本人の中に、スポーツ選手として頂点を極め、人格者でもある王さんの姿が理想形として存在して、それをもとめているのだろうが、酷というものである。
そもそも、五輪自体が商業主義、賄賂、スキャンダルにまみれているのに、選手に何をいえるのか。